おはようございます!
最近は花粉が飛んでてアレルギーの薬飲んでるので朝眠くてたまりません。
みなさんは花粉症どうでしょうか?
さて、今日は退院の日のことについて書きます。
私は出産した翌日に退院しています。
ここまでの流れを整理しておくと
9月14日 子宮内胎児死亡宣告、破水、入院
15日 ラミナリア
16日 出産
17日 退院
となります。なんとも濃い日々です。
沐浴
3日目の朝診察があり、血圧が高い以外には特に問題なかったので、無事午後退院できることとなりました。
退院する代わりに血圧計を買って家で血圧を測ることになりましたが…。
でも、退院して、理玖を家に連れて帰ってあげることが出来るのがなにより良かったです。
私が退院することが決まったので、午後退院する前に夫が来て、二人で理玖の沐浴をしてあげることになりました。
お昼頃になり、理玖を病室に連れてきてもらいました。
一緒に寝たり、部屋で過ごすことも出来ると言われたけど、理玖の状態が変化していってしまうのも嫌で、綺麗な状態で送り出してあげたかったので、赤ちゃん用の霊安室で預かってもらっていました。
顔を覗き込むと、理玖のまん丸い顔が見えると同時に、車や怪獣等の無数の折り紙が。
助産師さんや看護師さん達が理玖の為に折ってくれたものでした。
すごく沢山ありました。
理玖を思ってしてくれたことが本当にありがたくて嬉しかったです。
さて、この日の担当の助産師さんもWさんでした。
慣れない私と夫の2人で理玖の沐浴をしている間、Wさんは一杯写真を撮ってくれました。
理玖の状態を考えて、お湯というよりは少し温かめの水に近いくらいの温度でしたが、不思議なことに洗ってあげると理玖が非常に気持ち良さそうに見えました。
それまで冷たいところにいたからなのか、洗っているうちに顔色も少し変わってきているように見えました。
沐浴を終えた後は、体を拭いてあげて、爪を切り、髪の毛も少し切りました。
この時の爪と髪の毛は今でも取ってあります。
こんなにしっかり爪も伸びてて、髪の毛も後ろまでちゃんと生えてて、何故亡くなってしまったのか、今でも不思議でたまりません。
話を戻すと、私と夫が沐浴したり、爪や髪の毛を切ったりしている間、Wさんは普通の赤ちゃんに話しかけるのと変わらない調子で理玖に話しかけてくれていました。
これが私達夫婦には本当に大きかった。
沢山写真を撮ってもらって、沢山話しかけてもらって、あぁ、そういう風に、自分達が赤ちゃんにしてあげたいと思っていたこと、してあげてもいいんだ、亡くなっているからなんて関係ないんだって思わせてくれたんです。
この時のWさんの対応があったからこそ、火葬までの理玖との時間をかけがえのないものにすることが出来たことは間違いありません。
Wさんを忘れられない理由
死産経験〜出産〜の時に、助産師のWさんのことは忘れることが出来ないと書いたこと、みなさん覚えてますか?
詳しくはこちら↓
それは、Wさんがただ単に理玖を取り上げてくれた人だからということだけではなく、産後に理玖にしてあげたいことのほとんどをWさんが対応してくれて、私達夫婦の考え方を変えてくれた人だからです。
そして更に、忘れられない理由がもう一つ。
それはWさんの涙です。
全ての手続きが終わって退院する時、Wさんと先生、もう一人別の助産師さんが車まで見送ってくれました。
そして理玖を抱っこしたまま車に乗り込んでふっと顔を上げた時、さっきまで笑顔で対応してくれてたWさんが、泣くのを必死にこらえている姿が目に入ってきました。
もうこれは本当に忘れられない瞬間でした。
子宮内胎児死亡宣告を受けてから私が退院するまで、お世話になった助産師さんや看護師さん達がどれだけプロ意識を持って私に接してくれていたか、その反面でどれだけ悲しみや辛さを分かってくれていたことか。
この瞬間のWさんの涙が全て物語っていると思います。
Wさん本当いい人でした。
退院以来お会いしていないので、また会えた時にはちゃんと感謝の気持ちを言葉にして伝えたいと思います。
それでは、今日はこの辺で!
筋トレ行ってきまーす‼︎